AIによる社会構造の変化
AIがサイバー空間の中間工程を吸収し、社会の断面がコの字型に変化するという分析がある。ディレクションとダメ出しのみが人間に残り、中間工程が極端に薄くなる世界は、スマイルカーブのくびれが限界まで深まった姿とも言える。この見方は、効率化がサイバー空間で完結する領域を急速に拡大する速度を見れば、中間の消失は程度の問題ではなく方向性の問題であると指摘されている。
中間消失後の問いと元記事の回答
中間工程が薄くなった後に何が起きるかという問いに対し、元記事は三つの答えを提示している。それは、教育に通過儀礼を残すこと、熟達者の判断を言語化すること、そして閉じない世界を守ることである。これらの答えはそれぞれ筋が通っているが、さらにその外側で、設計しなくても自然に起きることがあるのではないかという点が議論されている。
「好きなこと」だけでは育たない能力
「興味で突き進めばいい」という単純な解決策では済まされない問題がある。好きなことだけをやって育った人間は、その好きなことについては詳しくなるが、ディレクションやダメ出しに必要な、領域を越えて働く嗅覚は必ずしもそこからは育たない。かつて中間工程をこなす過程で副産物として育っていた「見立てる力」の育成回路が、合理化によって断たれる。各組織が合理的に振る舞った総和として、社会全体が判断力の育成回路を失うという、局所合理性と全体合理性の衝突が指摘されている。
判断力の育成場所の再考
効率化の外側で新しい価値が立つこと自体は否定されていない。物質・身体・時間の一回性に根ざす「閉じない世界」は残り、AI時代に最後まで価値を持つのは「現実と長期間格闘した痕跡」であると明言されている。ならば、ディレクションやダメ出しの土台となる判断力はどこで育つのか。かつてそれが育った場所は大組織のミドル、すなわち共通の梯子であった。その梯子が外れること自体は争わないが、梯子が外れた後に何も残らないのか、それとも別の足場ができるのかが問われている。
無数の私的な梯子とニッチの爆発的増殖
生産コストの低下は、かつて成立しなかった極小の領域を商売にする可能性を生む。これはロングテールの力学であり、AIによるコスト崩壊は、この閾値をさらに押し下げる。結果として起きるのは、既存パイの奪い合いではなく、ニッチの爆発的増殖である。生物学における適応放散に近い現象と言える。資源が潤沢になったとき、多様化は幹ではなく枝先で起きる。
現実との格闘が育む「見立てる力」
重要なのは、各ニッチの内部にも摩擦が存在する点だ。どれほど小さな領域であっても、現実に手を突っ込めば素材は言うことを聞かず、顧客は想定通りに動かず、締切は待ってくれない。その摩擦こそが、かつて大組織のミドルが担っていた育成回路の実体であったと考えられる。「見立てる力」は「中間工程」という器から生まれたのではなく、「現実との格闘」という中身から生まれた。器が変わっても中身が残るなら、回路は再生する。
全員が共通に登るマクロの中間は確かに薄くなる。しかし、個人がそれぞれのニッチで登るミクロの中間はむしろ濃くなる。梯子の本数は爆発的に増え、一本一本は短くなるかもしれないが、それぞれの梯子の上で人は現実と格闘する。AIを活用しながらも本物の現場経験を積ませるという考え方は、この文脈と矛盾しない。厳しい現場は大組織だけにあるわけではない。
残る問いと可能性
ニッチ内の格闘で育つ見立てが、領域を越えて働く嗅覚に届くのかという不確実性は残る。狭い世界の深掘りがその世界の専門家を育てても、異領域を横断する判断力にはならないという元記事の危惧はここに刺さる。確定的な答えはないものの、かつての共通の梯子も、横断的な嗅覚を意図的に育てていたわけではなかった。大組織のミドルを通過した全員が見立ての達人になったわけではなく、多くの人が通過する中で一部に副産物として嗅覚が宿った。
同じ確率論が無数のニッチにも適用されるなら、梯子の本数が増えること自体が、見立てる力の発生機会を補填する方向には働く可能性がある。質の保証ではなく、分母の話である。育成回路が断たれるという指摘は重いが、その回路は設計されたものではなく環境が生んだ副産物であった。環境が変われば副産物の生まれ方も変わる。消えるのではなく、形を変えるという見方に賭けたい。
出典: https://zenn.dev/cherie0915/articles/ko-shaped-society-ladders
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